2. 誤算
修士課程までにひとつの論文を仕上げ、新しい領域を学びたいと思い門を叩いた。
そこは世界でもトップクラスの研究成果を出してきた猛者達が教室を構える研究機関。
最初に見学に行った時、教授は温かく向かい入れてくれた。
その後、ヤツに会った。今思えば、それが人生の転機だった。
私が希望する研究はヤツが指揮をとっているらしく、詳しく話を聞いていると
「まあ、名目上朝9時から夕方5時だけど、日付が変わるまでやるよな」と言われた。
アカデミアなんてそんなものだ。
「それはもちろんです。今と何も変わりません。」と返答すると
「そうか、それは安心した」と返ってきた。
後日、何とか試験をPassし新天地での生活に期待を膨らませ、研究を開始した。
最初は丁寧に指導をしてくれていたが、次第にその方針や指導に疑問を持ち始めた。
確かにヤツの実績は同年代ではすごいと思う。
が、全く理論が通じない。
さらには自身の成果について聞いても「それはそういう結果が出るようなテクニックがあるんだ」
と言われ、詳細は教えてくれなかった。
しかし、それでも何とか上手くやっていき、私の研究も早々に軌道に乗り始めた。
そんな中、同じフロアで研究を行っている研究員の人がこんなことを言い出した
「ヤツは自分で論文を書いたことがないし、実験の発案もしたことはない。」
「ここに来てからは馬車馬のように働いていたけど、一切勉強はしてこなかったことを自慢話のように語っている」
つまりはお情けで席をもらったということだ。
確かにアカデミアの成果は実績以上に運が必要になる。
ヤツはまさにその典型例だった。
「ちょっと来るところを間違えたかな。でも自分がきっちりしていればそれで何とかなるか。ボスは頭のいい人だし。」
その頃はそんな甘い考えでいた。(今思えば、この時点で他に移ればよかったと後悔している。)